女川で過ごす3度目の年末を通して

今年もあと5日です。

女川で活動をさせて頂き、迎える3度目の年末です。

ちょっと振返ったりしてみようと思います。

 

1年目、会社を辞めて本格的に活動をはじめて、どのように町の皆さんと関わるべきか手探りで悩んでいました。

お金も信頼も無い、時間はいっぱい余ってしまって「動きたいけど動けない。。このままで自分はいいのかな。これで自分は生きていけるのだろうか」と不安で不安で、、、とにかく不安でいました。そんな時に復興連絡協議会の戦略室に手伝いで来ないかという連絡を戦略室長から頂いて、少し光が見えた年末でした。

 

2年目、12月27日オープンの「エルファロ」の準備に追われていました。

企画から立ち上げまでやらせて頂き、想いの詰まったエルファロのオープンに心躍らせながらも、とにかく準備に追われていました。オープニング式典の準備と運営を女川の若手の皆さんにご協力して頂き、また業界や世代を越えて女川の皆さんが集い、女川人の強い強い力を感じました。式典運営の皆さんに「小松洋介被害者の会」と皆さんに冗談で言われましたが、その言葉に続き「それをフォローするのが女川の人間力なんだ」と皆さんがおっしゃっていた事を強く覚えております。

写真は2012年12月27日のエルファロオープンの日の朝日です。これを見ながら、「今日は絶対素晴らしい一日になる!」と確信して朝イチで女川へ向かった事を思い出します。

3年目の年末、今一緒に事務所をシェアしている、

復幸まちづくり女川合同会社さん、潮プランニングさん、復興応援隊さんに加え、町長さんや役場職員さん、商工会さんや観光協会さん、さらに私達の事務所のオーナーである観光協会長さんも交えた忘年会でした。

「このままでいいのかな」と不安に思った2年前を思い出し、「2年でこんなにも変わるんだ」と忘年会中ずっと胸が熱くなっていました。

 

「もっと町の役立ちたい」という想いから会社を作り信頼のおける最高の仲間(社員)が2人(中村・桑原)入り、女川の熱くて素敵な皆さん(僕にとっては最高の仲間です)と一緒に将来を語っているなんて、2年前から考えると本当に夢のようでした。こみ上げてくるのが大きくて、本当に涙が出そうで、うれしくて、うれしくて・・・。この場にいる自分はもちろん、うちのスタッフも含め、アスヘノキボウとして本当に幸せだと感じました。

 

今日感じた事、それは「絶対に明るくするんだ」という覚悟と想いを持った人がたくさんいるので、「女川の復興は絶対に明るくなる!」ということです。みなさん集まれば、会話の主語は「自分が〜・俺は〜」ではなく、「町は〜」なのです。そして世代や業界を越えて、本気で議論する。これは本当に凄い事です。そんな皆さんと一緒に仕事をさせて頂く事を心から誇りに思いますし、僕は自分の人生、これで良かったと心から感じました。

 

来年の年末、私は、そしてアスヘノキボウとしては何をしているのでしょう。

想像はつきませんが、どんなことがあっても、私は「自分の人生、これで良かった」と思っていることだろうと思います。